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春の六甲山

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先日、2月から予定が延び延びになっていた登山に行ってきました。今回は車ではなくて初めて電車で行きました。阪急芦屋川駅に8時30分に集合して、そこから六甲山頂上をめざし、有馬温泉に下り、そこでひと風呂浴びて、うまいビールを!という計画です。

いつも登山をする時は車で目的地の山の麓まで行き、登山に必要な荷物だけをリュックに詰めて下山して、温泉に入る時には車にあらかじめ積んでいた着替等の荷物をもって入る、というパターンでしたが、今回は家を出てから帰るまでリュック1つに何もかも必要なものを入れなければならないので、荷物の中身を厳選しました。それでも私の荷物は多くて他の人より相当重いリュックになってしまいました。

この日はいつものA君、H君の他に、最近ちょくちょく一緒に行くK君、それに今回初めての I さんの5人で登りました。I さんは小学校から高校まで一緒の同級生で、東灘区に住まいがあり、以前に同窓会の時に山に行くのなら誘って、と言われていたのです。もちろん紅一点です。

芦屋川沿いに、さすが芦屋と思わせる高級な住宅を見ながら、30分も登ると、滝の茶屋に着きました。  I さんいわく「前に友人と登った時はこれから先はきついから、ここでビールを飲んで帰った。」との事でしたが、今度は皆につられたのか、頑張って次のロックガーデンを登りきったどころか頂上迄同行しました。この日は登山者が多く、ロックガーデンでは道幅が狭いもあって渋滞気味でした。ロックガーデンではほんの少しだけ岩登りの気分を味わえました。このあたりからコバノミツバツツジがきれいに咲き乱れ、新緑の中でいかにも春爛漫という雰囲気の中を登ることができました。

この登山道は「太陽と緑の道」と名付けられていました。風吹岩が標高450m、雨ヶ峠が621m、本庄橋跡が700mほどで、最後の七曲りで一気に頂上迄というコースです。六甲山最高峰は931mですから、芦屋川駅は標高50mもないぐらいなので、高低差約900mを登ったことになります。結構ハードでしたが、体力を心配していた I さんも、正午過ぎには頂上に着きました。全員でおいしいビールを飲み、心地よい昼寝をしたのは言うまでもありません。

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今回初参加の I さんは、県の職員で環境創造協会に勤めている、ということもあって、六甲山の環境の面についても知識があり、色々教えてもらいました。頂上でブナの植林をしていること、六甲山の山の中には個人の所有の山があってそこは公的管理が行き届かないこと、国立公園内なので規制の為に人工的改良が難しいこと、六甲山にもホタルがいる場所があるが、明らかにできない(人が見学に行くから)等々、興味ある話を色々聞けました。
ありがとう I さん。そしてよく頑張ったよね。

京都は観るところが多く、何回行っても見飽きない所ですよね。金閣寺や清水寺、平安神宮、北野天満宮等々の神社仏閣はもちろん、四季それぞれの趣があり、心落ち着く風流な景色。誰もが行きたいと思うところです。皆さんも有名なところはほとんど行ったことがあるでしょうが、大江能楽堂や吉田神楽町は御存知ない方が多いのではないでしょうか。

2月の日曜日に、所属している建築士会で近畿建築祭という催しがあり、京都府が担当していくつかの見学コースを設定してくれました。その中のひとつに京都大学・神楽岡をハイクするコースがあったので参加しました。
朝10時に京都市役所の西にある大江能楽堂に参加者全員が集まり、式典の前に舞囃子(マイバヤシ)「高砂」を観賞しました。もちろん能楽堂で能を見るのは初めてです。踊り手(シテ)が8代目の大江信之氏で地謡3人の内2人はその兄弟です。それと笛に小鼓、大鼓、太鼓という布陣でした。
能を見たあと観世流能楽師7世の大江又三郎氏が基調講演として「大江能楽堂百年の歩み」と題して、能や建物について話をしてくれました。まさしく芸術、文化、伝統が感じられるひとときでした。能のことが分からない私は、ただただ恐れ入る、という気持ちでした。

式典の後、11のブロックに分かれて、それぞれ京都見学に行きました。我々は、総勢11名で「京都大学・神楽岡」コースに出発しました。タクシーで左京区の京都大学本学部へ行って学内を散策して食堂(というよりしゃれたレストランという感じ)で昼食を取ってから吉田神社へ行きました。この神社は2月の節分の日に節分祭があり大変賑わうそうです。また、京都での「四方参り」の1ヶ所がここ吉田神社ということです。あとの3つは、壬生寺、伏見稲荷神社、北野天満宮です。吉田神社は、標高105.1mの吉田山の西の裾野にあり、吉田山自体は京都大学と銀閣寺の間にあり、こんもりとした森、といったところです。

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さて吉田山に登って行くと頂上に宗忠神社があり、そこから哲学の道の方向を見ると真正面に大文字山の大の字が見えました。春の桜の頃は、絶景といえるほどの景観になるのではないでしょうか。山から東の方へ降りて行く途中に吉田神楽町の家並みが見えてきました。ここは、大正から昭和初期にかけて、谷川茂次郎(谷川茂庵、裏千家老分)が吉田山の東へ下ル中腹斜面に借家として造営した家屋群(谷川住宅)があるのです。何でも京都大学の教授の為の借家にという目的もあったようです。
この領域(斜面)は、谷(哲学の道や白川通り)を挟んで1kmほどの先に向き合う大文字山が良く見えるところです。住居と路地の組み合わせには、路地に対して東に家屋が配置され、各家屋の2階部分に大きく開けられた窓から大文字の風景が独占できるようになっているのです。また石段、石垣、通路の組合せが丁寧に処理されているせいか今日でも当時のまま時間が止まってしまったかのような不思議な空間を構成していました。頂上近くの喫茶店『茂庵』も風流な茶室を髣髴とさせるような建物でした。

山頂が神社―愛宕山

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11月の最後の日曜日に今年最後の登山に行きました。いつもの3人組で行き先は京都方面で、集合してからH君に京都の北西に位置する愛宕山と知らされました。標高は、924mの山です。
 朝6時にH君の事務所に行くとA君はすでに着いていて、H君と3人で近くのマックスバリュで食料の調達をして出発。加古川バイパス、北神戸3号線、山陽道、中国道、名神高速と乗り継いで、京都手前で北ルートに入り大山崎インターで降りました。ここからは一般道で約1時間で嵐山付近を通り抜け、清滝に到着しました。途中の山々は紅葉がまっさかりで、晴れ渡った空にあざやかな山の景色が溶け込んでいました。

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清滝から愛宕山山頂迄のルートはいくつかあって、神社にお参りする人は表参道を登って行くのだそうですが、我々は東まわりのルートをとりました。8時18分出発、標高100m付近からの登りでした。堂承川に沿って紅葉の中をゆっくり登ってゆきました。その日は朝から天気がよく頂上での見晴しも期待されました。1時間ほど登って林道出合に到着、そこからまた登ること40分程で月輪寺(つきのわで   ら)に到着しました。ここは法然上人の25霊場の第18番札所ということでした。ここのもみじは真っ赤でとても印象に残りました。また天然記念物として高さ3~4mもある見事な石楠花(シャクナゲ)の木がありました。春に花が咲けばすごい迫力だろうなぁと見とれていました。
 月輪寺をあとにして登ること小1時間で愛宕神社に到着しました。なかなか立派な神社で災害を防いでくれる神社らしくて、参拝者はここで神花の樒(しきみ)と阿多古祀符(あたごしふ)「火迺要慎(ひのようじん)」のお札をいただくそうです。三角点が頂上だと思いそちらへ行きましたが下るばかりで、登ってくる人に聞くと、この神社が愛宕山の頂上だ、ということでした。

 頂上は寒くて汗もすぐひいてしまって、早くバーナーで鍋を温めよう、ということで参拝した後昼食にしました。器の水には薄氷が張っており、食事の準備をしていると日が陰ってきて、ちらほらと雪も降り出しました。おー寒い。用意していた缶ビールも2缶のうち1缶しか飲む気がしませんでした。A君も同じく1缶を飲んだだけでした。なぜか友人のN君が神のいる山に登ってビールを飲むなどとはけしからん、と言われたな、ということをH君が思い出して、笑いながら、ふるえながらビールを飲んだものです。温かい鍋うどんのありがた味をかみしめていました。期待していた頂上からの見晴しもはじめのうちは、京都市街がはっきり見渡せたものの、霧が発生して間もなく見えなくなってしまいました。

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下りは、高尾へ降りるルートをとりました。昼食後休む間もなく下山しました。首無し地蔵を経由して下っていくと林道へ出ました。下までこんな道かな、と思って歩いていると、後ろに我々よりも年配の人が一人いたのですが、数分行くと今度は前を歩いていました。ええっ?どうして?と思ってその人にたずねると、元々の登山道を分断して林道ができた、登山道がほぼ真っすぐで、林道は車が通れないとだめなのでジグザグに道をつくったから(登山道は)分断されたのだ、ということです。その人はずっと前から何度も登山道を昇り降りしているからわかるんだ、との事でした。
 その名も知らない人は、母が93才で娘が48才だ、と言っていたので70才ぐらいだろうと思いましたが、全くそんなふうに見えず、歩く速度も我々よりずっと早く、全く追いつけませんでした。すごい人がいるものですね。

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下るほど気温も上がってきて、寒さも感じなくなった頃に高雄の神護寺に到着しました。ここも紅葉が素晴しかったです。観光客がたくさん来ていました。その神護寺の階段を数百段下ってゆくと清滝川に出て、それに沿って3kmほど下って元の登山口に到着しました。時刻は2時半になっていました。
 帰る途中、桂市の仁在衛門の湯によってひと風呂あびました。疲れがとれるようで幸せな気分というか、満足感を味わえました。今日の登山も楽しかったなぁ、と思ったものです。

アートな島 「香川県 直島」

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先日、私が所属している建築士会加古川支部の移動総会がありました。行き先は香川県です。香川県は丹下健三という偉大な建築家の出身県です。余談ですが。

 我々の総会は研修を兼ねていました。今回は屋島にあるイサム・ノグチ庭園美術館と、高松市の中心に去年完成した再開発事業のシンボル、クリスタルタワー、次の日に直島にフェリーで渡り、地中美術館と家プロジェクトを見学してきました。
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 1日目は明石大橋経由で四国に入り、津田の松原SA(サービスエリア)で昼食をとり、屋島のイサム・ノグチ庭園を見学しました。
イサム・ノグチは、父は日本人で母は米国人ですが、二人は正式には結婚しておらず、いわば私生児でしたが、生来の美術の才能と努力で世界的に有名な彫刻家で庭園造り(ランドスケープ)や公園などの環境設計、家具や照明のインテリアから舞台美術までの幅広い活動を行った、きわめてユニークな芸術家なのです。日本より欧米の方が名前が知られているでしょう。
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 香川県の牟礼町に1956年、初めて訪れたイサム・ノグチは地元の庵治石と風景がすっかり気に入って、1969年から石の作家である和泉正敏氏をパートナーに石の作品造りに励みました。
そして出来たのがイサム・ノグチ庭園美術館です。亡くなるまでに150余りの作品を造り、それが庭園のあちらこちらに置かれています。予約しないと見学出来ず、わかりにくい場所にあり、宣伝もそんなにしていません。
しかも入場料は2,100円と結構高く、興味ある人だけ来てくれればいい、というところかな、と思ったりもしました。私には本当の良さがわかりかねました。芸術的感覚が欠けるのでしょうか..... 
しかしじわじわと人気が出てくるのではないでしょうか。結構見学者も多かったですよ。


 当日は高松市内のホテルで総会をして、そのあと懇親会。
楽しく一夜を過ごしました。
そして、次の日....7時半にバスに集合して、目的地の直島まではフェリーでの船旅でした。50分後に直島の宮浦港に着きました。
そして目的地の地中美術館へ。9時半に到着しましたが、開館は10時なので待つこと30分、チケット売場と美術館は別棟で、美術館は名前の如く地下に埋もれています。
島の景観を損なわない為の配慮だと思われます。

設計は、かの有名な建築家安藤忠雄氏です。
建物は地下1階~地下3階で、地上階はなし。地下3階にウォルター・デ・マリア室。地下2階にクロード・モネ室とジェームズ・タレル室がありました。
3人の芸術家の展示室とこの建物の空間自体が芸術だということです。それにここは団体の見学者は断っているのだそうです。
静かに静かに鑑賞しないと係員に叱られるのです。もちろんカメラは駄目。ジェームズ・タレルの室は8人ずつしか入れません。というのは理由があるのです。中は独特というかファンタジーというか、何とも言えぬ空間がありました。
前方の青白いほのかな明りは未来を表しているのだろうか。ふり返って、入ってきた方を見るとオレンジのうす暗い明かりが・・・・・・それは過去を表しているのか。その横に長い映画の画面のような暗いオレンジのまわりを青白い光の筋が取り囲む異様な光景にしばし言葉がでませんでした。不思議な空間がそこにありました。

 モネの室の絵は巨大でした。4枚とも睡蓮の絵でした。係員に聞くと、本物だということです。総額70億円で購入したそうです。ベネッセコーポレーション(この建物の持主)はすごいですね。真っ白な壁に4枚の睡蓮の巨大な絵。モネも幸せですな。
 ウォルター・デ・マリアの室は階段状の室の真ん中に直径2.2m巨大なグリーンのミカゲ石が置いてあり、27本の金箔を施した木製の彫刻を配置し、空間を構成していました。1日のうち太陽の陽の差す方向によって空間の表情が変わっていく様に作られているそうです。
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 ここへ来て想像していたことと違ったことは見学者が多かったことです。それも若い人から年配の人まで、年齢層の幅が広かったのには驚かされました。静かにブームが拡がっている、という感じがしました。

皆さんも一度行ってみてはどうですか。岡山県の宇野港から20分で行けますよ。 

恐るべき集客力!旭山動物園

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毎日一定の時間になると自発的にオリから出て集団散歩をして、またオリに帰るキングペンギンの団体。観客の頭上3~4mの木の橋を渡るレッサーパンダ。白クマの泳ぐのを一枚のガラス越しに見る迫力。同じくガラスのすぐ向こうに寝そべるライオン。見ているガラスをたたいて威嚇するチンパンジー。

 こんなに身近に動物が見られる施設が今迄あっただろうか。それも動物が自然の姿でいじけていない。生き生きとした様子を見られるのだ。見学に来た人が満足して帰る動物園。それが旭山動物園です。

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5,6年前には見学客も少なく日本の最北にあるこの動物園は廃園の浮き目にあっていたそうです。
そこに赴任してきたのが小管正夫氏です。小管園長は大改革を断行したのです。
それは動物を動物らしく生き生きと毎日を生活させる、ということではなかったのでしょうか。動物をできるだけ自然に生活できる環境を作り、それを人間ができるだけ近くで見られるようにする。まるで動物が人間を見て楽しんでいるかのような状況を作り出す。というような感すらするのです。そんな考えられないような事を小管園長は考え出し、実行したのです。「素晴しい」の一語に尽きます。

 その集客力たるや、すごいものがあります。私が行ったのはたまたま連休中だったので特に多かったのかも知れませんが、札幌から特急電車で1時間20分で旭川市(北海道で2番目に人口が多い都市で36万人足らず)。そこからバスで40分のところにある旭山公園の一角にあるのです。遠いなぁ、と思いました。しかしそんなに遠い、にもかかわらず最近は大人気のツアーの一つにあげられています。

 札幌から旭川までの特急指定席を予約しようと思いましたが、全て満杯でした。しょうがなく1時間20分間立って旭川迄行きました。駅に着いてバス停はどこだ?と捜しましたがすぐわかりました。何故なら――行列があったのです。気がついて並んだけれど前には100m程の列。待つこと40分、11台目の臨時バスにやっとこさ乗れましたが、また立ったまま40分。8時に札幌発の特急に乗り旭山動物園に着いたのは開演時間の10時30分でした。

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11時からペンギンの「園内散歩」と聞いていたので早速そこに向かいましたが、その通行路の両側には、早くも人の群れ。まるで東京マラソンの沿道の観衆状況でした。待つこと20分、ようやくペンギンが前を通りかかりました。人と人の間から見るペンギンのヨチヨチ歩きは、思わず微笑んでしまうほどのほのぼのとして、可愛く、おもしろいものでした。歩いては立ち止まり、羽をバタつかせたり、脇の下を口ばしでつっついたり、こけたり、となりのペンギンにちょっかいを出したり、と見る者をあきさせない仕草でした。大人気の秘密がわかるような気がしました。

 白クマは、オリの中を行ったりきたりして、落ち着かない様子でしたが、もう時間がない帰らなければ、と思った時にザボンッと水の中に飛び込んでくれました。そしてガラス越しにその泳ぐ勇姿を見せてくれたのでした。あー満足。という気がしたものです。
 小管園長に表敬訪問をして記念撮影も御一緒してもらいましたが、当日は晴れていて、暖かくてよかったですね、と言われました、が当日の10時半の気温は-7.5℃。バス停で待っている時は、ダイヤモンドダストまで見えた、という冷え込みでした。さすが日本最低気温(確か-41℃ぐらい)を記録した旭川ですよね。

 こんな遠くの、言わば僻地に、大勢の観光客を集客する旭山動物園。動物をひたすら愛する心がこの結果につながったのでしょうが、「恐るべき集客力だなぁ」とつくづく感じ入りました。敬服。札幌の雪まつりに勝るとも劣らず、という旭山動物園でした。